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和モノ用語辞典


香野 恵
Vol.11「蘭癖(らんぺき)」(更新日:2007.04.20)
「蘭癖(らんぺき)」という言い回しをご存知ですか? ほとんど死語かもしれませんが、これを機会にぜひ語彙のひとつに。

蘭癖(らんぺき)

聞いた事もない単語だと思います。私も見た時、「?」と思いました。「蘭」とは、「阿蘭陀」(オランダ)のこと。癖はくせ。つなげるとオランダ癖。ようするに、オランダ趣味。オランダ愛好家の事なんです。

江戸時代、鎖国をしていて海外と交流がなかった事は皆さんご存知だと思います。しかしその例外が長崎の出島。ここにオランダ商館があり、唯一日本とオランダは国交がありました(中国や朝鮮とも貿易していましたが、いわゆる外交関係はありませんでした)。ここまでは歴史の教科書にも載っている事ですが、あまり知られていないのが、そのオランダ商館のオランダ人が、毎年(後年は4年に一回)かならず江戸参府をしていたことです。

オランダ商館の商館長(カピタン)が江戸に来ていたときは、見物で大賑わい。定宿である「長崎屋」の周りは十重二十重に人が取り囲み、少しでもオランダ人の顔が見えると、大騒ぎだったとか。

それは庶民だけの事ではなく、幕府の要人も同じ事。将軍への拝謁が終わった後、オランダ人たちは奥に招き入れられ、大奥の女たちや将軍の前で、踊ったり歌ったり、飛んだり跳ねたり(マジ!?)、わけのわからない質問に答えさせられたり、大変な目に遭わされたらしいです。オランダ商館付き医師ケンペルはこれを自分の著作で「猿芝居」と自嘲しています。

オランダ人たちは自由に外出することは無論できませんでした(京都ではそうでもなく、茶屋遊びをした記録も残っているそうですが)。しかし、その代わりに訪問者はひっきりなし。どうにかコネを見つけ、大勢の人間が押しかけました。公務で来てる人ももちろんいましたが、結構多かったのが、趣味で来る人たち。オランダ趣味の文物の収集では飽き足りず、どうにか本物のオランダ人と話したい。これが「蘭癖家」というわけです。中津藩主 奥平昌高は、せっせせっせと歴代の商館長と交流を深め、「フレドリック・ヘンリック」という名前までもらいました。シーボルトが来たときも自由に話したくてそのために隠居してしまったほどです。オランダ語も堪能で、とうとう辞書を編纂。殿様芸を遥かに越える出来でした。今も昔も、趣味を追求している人はあなどれません。

幕末になってオランダ以外の西洋国家と交流を結ぶようになり、以降大政奉還、明治国家成立と時代の変遷を経るにつれ、蘭癖という単語は消え失せていきます。けれど珍しいもの、見た事がないものに対する日本人の貪欲な姿勢は、所詮300年前と変わっていないように思えます。TVのせいで、よけい助長されているような。できたら、「飛んだり跳ねたり」させるような失礼なことは、しないよう心がけていきたいです。


▼蘇る出島
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/dejima/main.html



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